金融庁の金融審議会「暗号資産制度に関するワーキング・グループ」が報告書案をまとめた。
暗号資産の投資対象化が進む中、利用者保護を強化するため、規制根拠を資金決済法から金融商品取引法(金商法)に移し、証券会社と同等の規制を適用する方針だ。
インサイダー取引規制の新設や、銀行子会社の暗号資産交換業参入解禁なども盛り込まれた。
今後は、報告書案を踏まえた法案作成が本格化し、2026年の通常国会での金商法・資金決済法改正案提出に向けた作業が進む見通しだ。これに先立ち、12月の与党税制改正大綱策定に向けた、暗号資産の分離課税(20%)導入に関する議論が加速する一方、内閣府令や金融庁令、事務ガイドラインといった下位法令の検討も並行して進められる。
暗号資産の売買等を業として行う場合、証券会社などと同じ規制体系に組み込まれる。現行の資金決済法における暗号資産交換業の規制は削除し、金商法に一本化する方針だ。
報告書案は暗号資産を「中央集権型」と「非中央集権型」に分類する方針を示した。ビットコインのように特定の発行者がいないものは非中央集権型、発行者が存在し管理するものは中央集権型に該当する。
中央集権型は発行者の活動によって価値が変動するため、発行者と利用者の間に情報格差が生じやすい。この格差を解消するため、中央集権型の発行者には調達資金の使い道や事業計画などの情報開示を義務付ける。虚偽記載には罰則や損害賠償責任、課徴金が適用される見込みだ。
中央集権型に該当するのは以下の3類型だ。
今回の制度整備の方向性について、松尾真一郎委員は「利用者保護とイノベーションはバランスではなく両立が本質。両立できることがイノベーションだ」と強調した。
一方、岩下直行委員は「国内の暗号資産業者は海外で設計された暗号資産を輸入して仲介する立場。国内で整備した箱庭のみでは全体のリスク構造を変えることはできない」と、規制の限界も指摘した。
取引の公正性を確保するため、国内交換業者で取り扱う暗号資産を対象にインサイダー取引規制を新設する方針だ。インサイダー取引を含む不公正取引については課徴金制度も創設する。
規制対象となる暗号資産については、取引所での売買に限らず、DEXや相対取引など取引所外での取引も対象となる見込み。「重要事実」として、発行者の破産や新規上場・上場廃止、発行済の20%以上の大口売買などを規定する。
重要事実の公表方法はSNSを認めず、交換業者と自主規制機関のウェブサイトに限定する方針だ。SNSは「情報の削除・改変が容易」「発信元の信頼性が確保されていない」といった課題があるためとしている。
有吉尚哉委員は「暗号資産固有の情報を持つコミュニティに属する人が規制対象者にならないケースが大半になる」と規制の限界を指摘。不公正取引の一般禁止規定でどこまで対処できるか、今後の理論的検討が必要との見解を示した。
現行法ではホットウォレットで管理する暗号資産のみ、流出時の補償に備えた準備金が義務付けられている。報告書案ではコールドウォレット管理分も対象に加え、保険加入で備えることも認める方針だ。
交換業者向けのウォレットソフトウェアを提供する事業者にも届出制と行為規制を新設する。また、個人投資家等から暗号資産を借り入れてステーキングや再貸付け等で運用するビジネスも金商法の規制対象となる見込みだ。
なお、報告書案には「交換業者にとって過重な負担にならないように配慮しつつ」という記載もある。責任準備金は金商法上の事業者には一般的な制度であり、制度化により業界への信頼性向上につながると 小田玄紀氏のブログ で補足説明されている。
このほか報告書案は、販売所形態での取引の方が交換業者にとって収益性が高いため、顧客を販売所に誘導しているのではないかとの懸念も指摘した。金商法では最良執行義務が設けられており、この観点から顧客へのサービス提供が適切なものとなっているか検討すべきとしている。
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ICO・IEO(イニシャル・コイン/エクスチェンジ・オファリング)による資金調達については、これまでの金融審議会でも構造的な問題が指摘されてきた。岩下委員は過去の会合で、国内IEOで公募価格を上回っているトークンが1つもないというデータを示し、投資商品としての課題を指摘していた。
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報告書案では、発行者が一般投資家から資金調達する場合で、監査法人の財務監査を受けていないときは投資上限を設ける方針を示した。純資産の5%、年収の5%、50万円のうち最も高い額(上限200万円)が基準となる見込みだ。ロックアップ期間や有利発行の原則禁止も盛り込まれた。
岩下委員は今回の会合でも「情報開示しても商品特性そのものが改善されず、インセンティブ構造が変わらない限り、過去の問題が再発する可能性が高い」と述べ、IEOの構造的問題が依然として残ることを指摘した。
銀行・保険会社本体による暗号資産の発行・売買等は引き続き禁止する方針だ。銀行が直接取り扱うことで、リスクを十分に理解しないまま取引する顧客が増える懸念があるためとしている。
一方、銀行・保険会社本体については、十分なリスク管理体制の整備を前提に、分散投資の手段を提供する観点から投資目的での暗号資産保有を認める方向で検討が進んでいる。背景には、米国で暗号資産の現物ETFが承認され機関投資家の参入が進むなど、暗号資産を投資対象とする動きが世界的に広がっていることがある。
大槻委員は「バーゼルの1250%リスクウェイトの見直しの可能性も報じられている中で、銀行がどういう運用体制を持てば投資できるようになるか、金融庁とハンズオンで詰めていく必要がある」と述べた。
子会社・兄弟会社・関連会社については、暗号資産の発行・売買・仲介や、暗号資産を運用対象とする投資運用業、投資目的での保有を認める方針だ。
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分散型取引所(DEX)は直接的な規制を見送り、各国の動向を注視しながら継続検討する方針だ。当面はDEXや海外無登録業者での取引に損害リスクがあることを利用者に周知する。
一方、金商法への移管により、無登録で暗号資産交換業を営む場合の刑事罰は強化される方向だ。永沢陽子委員は「罰則を10年に引き上げるべき。無登録業者は闇組織にお金を流している可能性もある」と主張。松尾健一委員も「無登録業者の取り締まりを最優先にすべき」と指摘し、民事法規定の創設に期待を示した。
日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)はセキュリティ強化に向けて「自助」「共助」「公助」の三つの観点から取り組む方針を示した。業界横断の情報共有機関「JPクリプトアイザック」との連携を強化するほか、JVCEA内に売買審査担当部門を新設し、不公正取引の監視を強化する。暗号資産審査の独立性を高めるため、第三者による中立的な審査委員会も設置する。
日本ブロックチェーン協会の加納裕三代表理事もセキュリティ対策について「コモディティ化された非競争領域は業界全体で標準化・協調を進める共助・公助の仕組みを整えつつ、競争領域では自助による投資と市場原理による高度化を図る二重構造のアプローチが重要だ」と述べた。
松尾真一郎委員はセキュリティについて「現場で回らないとセキュリティが逆に弱くなる」と指摘した。また、今回の規制整備では対応しきれない課題として、暗号資産の相続問題を挙げた。秘密鍵の管理者が死亡した場合の資産継承や、コインチェック事件の最高裁判決で明らかになった技術と法制度のギャップなど、鍵管理をめぐる課題が「我々全員の宿題」として残っていると述べた。
なお、今回の規制見直しが暗号資産投資への「お墨付き」と誤解されることへの懸念も複数の委員から示された。
岩下委員は「制度の限界と規制外領域の残存リスクを明示し、過大な期待を与えないという表現を堅持すべき」と指摘。有吉委員も「金融庁がメディア等で説明する際にその点をしっかり強調することが重要」と述べた。
森下座長は「今回の報告書は暗号資産に金融投資の対象としての『お墨付き』を与えるものではない。可能な範囲で健全な取引環境を整備することを目指すもの」と述べ、今後は報告書案を踏まえた法案作成が進められる見通しだ。
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