ドル円は7月末まで1ドル=164円近辺へ上昇した後、日米による円買い介入を受けて急落しました。8月3日のアジア市場では一時155円20銭まで円高が進み、約3カ月ぶりの水準をつけています。日本側の円買いは最大約590億ドル相当だった可能性があり、その後は積み上がっていた円売りポジションの解消も円高を後押ししたと報じられています。
円が高くなれば、ドル建てビットコインの円換算価格は下がります。ただ、それだけなら為替計算の話で終わります。今回の156円割れで考えたいのは、低金利の円を使って海外資産へ向かっていた資金が巻き戻され、BTC/USDまで売られる展開へ進むかどうかです。
日米介入で変わった円売りの計算
今回の円高では、日米による協調介入が大きなきっかけになりました。日本の財務省は、過度な変動と無秩序な動きに対応するため米国と介入したと説明し、必要に応じて追加対応を取る姿勢も示しています。米国が円買いに加わったことで、164円方向へ円を売り続ける取引は以前より組みにくくなったと考えられます。
一方、円安を支えてきた日米の金利差は残っています。日銀は7月31日に政策金利を1.0%程度で据え置き、FRBも7月29日に3.5〜3.75%で据え置きました。介入によって為替は動きましたが、円を低い金利で調達できる環境そのものが変わったわけではありません。
そのため、現時点では円キャリー取引が一斉に解消する局面より、介入を受けて円売りポジションの整理が進んでいる可能性の方が高いと考えられます。介入が一巡すれば、金利差を意識した円売りが戻る展開もあり得ます。反対に、日銀の追加利上げや米国の利下げによって金利差が縮小すれば、円キャリー取引を支えてきた条件そのものが変わります。
円キャリー取引はどう利益を作るのか
円キャリー取引は、金利の低い円で資金を調達し、ドルなどへ交換して、より高い金利や値上がり益を期待できる海外資産で運用する取引です。現金を借りるだけでなく、為替先物やFXスワップなどを使って似たポジションを作る場合もあります。
単純な例として、金利1%で1億円を借り、1ドル=160円で62万5,000ドルへ交換し、年4%で運用するとします。1年後の資産は65万ドルです。為替が160円のままなら1億400万円となり、元本と金利の合計1億100万円を返した後に約300万円が残ります。これは為替ヘッジ費用や手数料、税金を考慮しない、仕組みを説明するための例です。
ところが1年後に1ドル=150円まで円高になると、65万ドルは9,750万円です。運用先では4%増えていても、円へ戻した時点では約350万円の損失になります。金利差から得られる利益より、為替変動による損失の方が大きくなるためです。
損失を抑えるには、海外資産を売ってドルを円へ戻し、借りた円を返します。この円買いが相場をさらに円高方向へ動かせば、別の投資家も取引を閉じる可能性があります。円高によって取引が解消され、その解消に伴う円買いが円高を強める流れです。
円キャリー取引の規模は、銀行融資やデリバティブなど複数の形に分かれているため、正確には把握できません。BISは2024年8月の混乱前について、データ不足を踏まえた中間的な目安を約40兆円としています。単一の巨大な取引ではなく、同じ金利差と低い為替変動を前提にした取引が、複数の市場に積み上がっていた構造です。
なぜビットコインまで売られるのか
円キャリー取引で調達された資金が、どれだけ暗号資産へ直接流れているかは正確に分かっていません。ビットコインが主要な運用先だと判断できる資料もありません。それでも暗号資産へ波及する可能性があるのは、投資家の資金繰りが市場ごとに完全には分かれていないためです。
為替や株式で損失が膨らみ、追加の証拠金を求められた場合、投資家は現金を確保するために別の資産を売ることがあります。24時間取引でき、比較的換金しやすいビットコインも、その対象になる可能性があります。円でビットコインを買った投資家が売るというより、円を使った別の取引で生じた損失が、暗号資産の売却につながる経路です。
近い事例として挙げられるのが2024年8月の市場混乱です。日銀の利上げが強めの引き締めと受け止められ、米国の景気後退懸念や株安も重なりました。BISは、レバレッジを使った取引の解消と証拠金負担の増加が相場変動を広げたと分析しています。この局面ではビットコインとイーサリアムが最大20%下落し、証拠金を確保するために、一見無関係な暗号資産のポジションまで閉じられた可能性があるとしています。
2024年8月の下落を円キャリー取引だけで説明することはできません。米国の雇用指標、景気後退への懸念、株式市場の急落などが重なっていました。ただし、円高と市場全体の変動拡大が同時に起きたとき、ビットコインが暗号資産固有の材料とは別の理由で売られる経路は確認できます。
今回は2024年8月の再現なのか
今回は日米介入が円高の主な材料であり、日米の金利差も残っています。156円を割っただけで、大規模な円キャリー取引の巻き戻しが始まったと判断する材料は不足しています。
ただし、介入によって「円安が大きく崩れずに続く」という想定は置きにくくなりました。金利差から年数%の収益を見込めても、数日で為替が5%動けば利益が消えるためです。日銀の7月会合では、1人の政策委員が1.25%への利上げを提案しました。提案は否決されましたが、追加利上げを求める意見が政策委員会内にあることは確認できます。
今後、日銀が実際に利上げへ進めば、円キャリー取引には為替変動に加えて調達コストの上昇も加わります。反対に、介入が一巡した後に金利差を理由とした円売りが戻れば、今回の円高は短期的なポジション整理にとどまる可能性があります。
米国側の事情で円高が進む場合も、ビットコインの反応は一つではありません。景気を大きく悪化させずにFRBが利下げへ向かうなら、円高がBTC/JPYを抑える一方、金融環境の緩和期待がBTC/USDを支える展開も考えられます。景気後退への懸念から株式と暗号資産が売られ、同時に円高が進む場合は、2024年8月に近い資金の逆流が起こる可能性が高まります。
156円割れは警報ではなく分岐点
現時点では、今回の円高は日米介入を受けた短期的なポジション調整の色が強く、円キャリー取引が一斉に巻き戻されているとは言えません。株式やBTC/USDが大きく崩れていない間は、暗号資産市場への影響も限られると考えられます。
警戒が必要になるのは、円高に日銀の追加利上げや米国の景気悪化が重なり、株式とビットコインが同時に売られ始めた場合です。証拠金を確保するための売却が広がれば、暗号資産固有の悪材料がなくてもBTC/USDが下がる可能性があります。
反対に、米国が景気を大きく崩さずに利下げへ向かい、BTC/USDが上昇するなら、円高の中でも暗号資産市場は持ち直す展開も考えられます。見るべきなのはドル円が150円か156円かではなく、円高と同時に株式やBTC/USDまで崩れているかどうかです。
今回の156円割れは、ビットコイン下落の警報が鳴った場面ではありません。円高が短期調整で終わるのか、世界のリスク資産から資金が引き揚げられる動きへ広がるのか、その分岐点に入ったと考える方が近そうです。
※本記事は、公開情報をもとに暗号資産・金融市場に関するニュースを整理した一般的な情報提供であり、特定の暗号資産の売買を推奨するものではありません。
参考文献・資料
[1]Reuters, “Yen jumps as traders watch for further intervention,” 3 August 2026.
https://www.reuters.com/world/asia-pacific/dollar-suddenly-falls-against-yen-traders-alert-further-intervention-2026-08-03/
[2]Reuters, “Japan confirms joint FX intervention with U.S., says won't hesitate for more,” 2 August 2026.
https://www.reuters.com/world/asia-pacific/japan-confirms-joint-fx-intervention-with-us-says-wont-hesitate-more-2026-08-02/
[3]Reuters, “Bessent ready to repeat joint yen intervention, urges bigger Fed backstop,” 3 August 2026.
https://www.reuters.com/world/asia-pacific/bessent-ready-repeat-joint-yen-intervention-urges-bigger-fed-backstop-2026-08-03/
[4]Bank of Japan, “Statement on Monetary Policy,” 31 July 2026.
https://www.boj.or.jp/en/mopo/mpmdeci/mpr_2026/k260731a.pdf
[5]Board of Governors of the Federal Reserve System, “Federal Reserve issues FOMC statement,” 29 July 2026.
https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/monetary20260729a.htm
[6]Reuters, “Explainer: What is the yen carry trade?” 7 August 2024.
https://www.reuters.com/markets/asia/what-is-yen-carry-trade-2024-08-07/
[7]Matteo Aquilina, Marco Lombardi, Andreas Schrimpf and Vladyslav Sushko, “The market turbulence and carry trade unwind of August 2024,” BIS Bulletin, No.90, Bank for International Settlements, 27 August 2024.
https://www.bis.org/publ/bisbull90.pdf


