Sui FoundationはAIエージェントと一般参加者による公開実験で、ピーク時に6,086,766 TPSを記録したと発表しました。
実験が行われたのは7月4日で、参加者はGmailアドレスからログインし、AIエージェントとのゲームや決済、チャット、共有キャンバスなどを動かしました。目標としていた100万TPSの6倍を超え、管理されたテスト環境で記録した従来の297,000 TPSと比べても約20倍です。
600万TPSという数字だけを見れば、Suiのメインネットが従来の20倍以上に高速化したようにも読めます。しかし、今回の処理を支えたのは、Suiのバリデータがすべての操作を直接処理する通常の仕組みではなく、「Programmable Tunnels」と呼ばれるオフチェーン技術でした。Sui Foundation自身も、オフチェーンのPayment ChannelとState Channelを使い、終了時にSuiメインネットへ決済する仕組みだと説明しています。
このため、「Suiは本当に600万TPSを処理したのか」という問いへの答えは、何をSuiの処理と呼ぶかによって変わります。トンネル内では秒間600万件を超える状態更新が行われましたが、Suiメインネットのバリデータが、その一件ずつを受け取り、合意し、記録したわけではありません。
チェーンに毎回書かないProgrammable Tunnels
Programmable Tunnelsでは、ユーザーやAIエージェントが相手との間にトンネルを開き、その中で状態を更新します。
今回の実験ではテスト用トークンのMTPSが配布され、ブラックジャックやQuantum Poker、チャット、送金などがガス代なしでオフチェーン処理されました。トンネルを閉じる際には双方が最終状態に署名し、その結果をSui上で独立して検証できると説明されています。
イメージとしては、二人が取引のたびに銀行へ行くのではなく、互いに署名した伝票を交換し、最後の残高だけを銀行で精算する仕組みに近いです。途中のやり取りをチェーンへ送らないため、ブロック生成やネットワーク全体の合意を毎回待つ必要がありません。一方で、速さを生み出した処理の中心はSuiメインネットの外にあります。
ただし、一般的なWebサービスのサーバー内で数字を増やしただけでもありません。最終状態には参加者の署名が必要で、閉じられたトンネルの結果はオンチェーンで検証できます。今回の発表から読み取れるのは、「600万件をメインネットで処理した」ではなく、「メインネットへ毎回触れずに、検証可能な状態更新を600万件規模まで動かした」という結果です。
なお、Sui Foundationの公開記事では、何を1トランザクションとして数えたのか、ピークがどの程度継続したのか、処理に使ったシステム構成などの詳細までは示されていません。異なるチェーンのTPSと横並びで比較するには、測定条件について追加情報が必要です。
高速L1・ロールアップとの違い
高速L1は、チェーン自体が多くの取引を処理できるよう設計されています。Suiの場合、同じデータを取り合わない取引を並列実行できますが、それでも通常の取引はバリデータによる検証と実行を経て、共有されたチェーンの状態に反映されます。
Programmable Tunnelsは、L1の処理能力をそのまま600万TPSへ引き上げたものではありません。同じ相手と繰り返すゲームや決済を個別のトンネルへ移し、ネットワーク全体が処理する回数を減らしています。道路そのものを広げる高速L1に対し、何度も往復する用事を別の部屋で済ませ、最後の結果だけ道路へ戻す仕組みです。
Ethereumのロールアップも計算をL1の外へ移しますが、Programmable Tunnelsとは使い方が異なります。Optimistic Rollupは多数の取引をまとめ、取引データをEthereumへ投稿したうえで、不正があれば異議を申し立てられる期間を設けます。ZK Rollupはオフチェーンで処理した取引をまとめ、状態の更新が正しいことを示す暗号学的な証明をEthereumへ送ります。
ロールアップには、多数のユーザーが共有する一つのL2チェーンがあります。誰でも同じDEXやアプリを利用でき、取引データから状態を再構築できることがセキュリティの一部になります。これに対してトンネルは、決められた参加者の間で開く個別のセッションです。誰もが共有する流動性プールよりも、二者間で何度も状態が変わるゲーム、少額決済、AIエージェント同士の反復処理などに適しています。
最も近いのはState Channel
Programmable Tunnelsに最も近い既存技術は、ロールアップではなくState Channelです。State Channelでは参加者がチャネルを開き、互いに署名した状態をオフチェーンで何度でも更新し、最後の状態だけをチェーンへ提出します。Ethereumの解説でも、原則としてオンチェーン処理を開始時と終了時に抑えられ、特に参加者が決まった高頻度のやり取りに向くとされています。
そのため、チェーン外で大量処理して最後に決済する発想自体は新しいものではありません。Sui側の特徴は、決済だけでなくゲームやチャット、共有キャンバスまで同じ公開実験で動かし、zkLoginとスポンサー付きガスによって参加者がSUIを持たなくても使える形にしたことです。Mysten Labsは今後、3人以上が参加するトンネルや機密送金、AIエージェント間の予測市場などを追加するとしています。
一方、State Channelには速さと引き換えに、参加者自身が最新状態を保持するという条件があります。一般的なState Channelでは、相手が古い状態をチェーンへ提出した場合、もう一方が制限時間内に最新の署名済み状態を提示して争います。利用者がオフラインになったり、最新データを失ったりすると対応できない可能性があり、その監視を代行する仕組みが使われる場合もあります。
では、Programmable Tunnelsで相手が途中で消えた場合、一人でトンネルを閉じられるのでしょうか。今回の公式発表で説明されているのは、双方が署名して閉じたトンネルをオンチェーンで検証できることまでで、一方的な退出や異議申し立て、状態データを失った場合の復旧方法は確認できません。600万TPSという性能とは別に、実用化ではこの退出経路がどのように設計されるかを見る必要があります。
600万TPSをどう読むか
今回の数字を、Suiメインネットが600万件の取引を毎秒処理できる証明として扱うのは正確ではありません。しかし、単に中央集権的なサーバーで処理した数字として片付けるのも違います。参加者同士が署名した状態をオフチェーンで高速に更新し、最後の結果をSuiへ持ち込んで検証できるところに、この実験の意味があります。
ブロックチェーンには、すべての操作を毎回記録しなくても成立する用途があります。ゲームの一手やAIエージェント同士の細かな取引まで全バリデータへ送るより、当事者間で処理し、資産が動く結果だけをチェーンで決着させた方が合理的な場面もあります。
次に大きなTPSの数字を見たときは、数字だけでチェーンの性能を比べるのではなく、どこで処理され、誰がデータを持ち、何がオンチェーンに残り、相手が応答しなくても退出できるのかを確認する必要があります。Suiの600万TPSはL1の速度競争の数字ではなく、ブロックチェーンが処理しない部分を増やすことで、どこまで用途を広げられるかを試した数字として読む方が実態に近いでしょう。
※本記事は、公開情報をもとに暗号資産・ブロックチェーン関連ニュースを整理した一般的な情報提供であり、特定の暗号資産の売買を推奨するものではありません。


