仮想通貨に関する所得は、従来雑所得として総合課税の対象となり、利益が増えるほど税率も高くなる「累進課税」が適用されてきました。
このため、仮想通貨に投資する際は、利益確定のタイミングや年間の取引戦略を税負担と照らし合わせて判断せざるを得ない状況が続いています。
大きな利益が出た年には、所得税と住民税を合わせて最大55%に達することもあり、税制面での不安が投資行動に影響する事例も少なくありません。
2025年8月29日に金融庁から提出された税制改正要望でも申告分離課税の導入を検討するとの記載があり、これまで業界団体からの要望が主であった分離課税制度の実現が徐々に現実味を帯びるようになってきています。また、こうした動きが活発化した背景として、ブロックチェーンを含むWeb3技術の進展もあると考えられます。
では、もし制度が導入された場合に知っておくべきポイントを整理し、具体的にどのような行動を取るべきかをわかりやすく解説していきましょう。
仮想通貨に申告分離課税が導入されると、投資家の税務負担だけでなく、申告の仕組みそのものが大きく変化することが想定されます。とくに、従来の総合課税では避けられなかった「累進税率の負担」や「損失の扱いの不自由さ」、そして「計算の複雑さ」が大きく改善される可能性があります。
まず現行制度の課題と、分離課税が導入された場合にどのような変化が生まれるかを、順を追って整理していきます。
現在、個人が仮想通貨取引によって得た利益は、基本的に雑所得として扱われ、給与や副業収入など他の所得と合算されて総合課税の対象になります。これは所得が増えるほど税率が段階的に上がる累進課税方式であるため、利益が大きい年ほど負担が急増します。
例えば、利益によっては所得税と住民税を合わせて最大55%に達するケースもあり、高い税率が取引のハードルになってきた現状があります。
また、総合課税では仮想通貨の損失を他の所得と通算することが認められていません。同じ雑所得であっても、FX・先物などの金融商品との損益を相殺できないため、収益管理が困難になります。
そして、損失を翌年に繰り越して活用することもできないため、市場の変動が激しい暗号資産取引の実態に合っているとは言いがたい状況です。
さらに、レンディングやステーキング、NFT売買、DEXのイールドファーミング(流動性提供)など、取引の多様化によって所得区分の判断が煩雑になっていることも、総合課税方式が抱える構造的な課題として指摘されてきました。
申告分離課税が導入されれば、仮想通貨で得た利益を他の所得から切り離して課税することが可能になります。株式やFXと同様、税率が一定に保たれる方式が有力と見られ、現状の20%前後の税率が適用される可能性が最も高いと考えられます。
これにより、利益が大きい年であっても税負担が急激に増えることがなくなり、取引のしやすさは大きく改善するでしょう。
また、同じ申告分離課税の枠組みの中で損益通算が認められる可能性があり、仮想通貨同士だけでなく、場合によってはFXなどの金融商品との通算が可能になることも想定されます。そして、損失を翌年以降に繰り越せる「繰越控除」が導入されれば、価格変動が大きい暗号資産市場におけるリスク管理は格段に容易になります。
税率の一定化に加え、損益の扱いが柔軟になることで、投資家にとっての税務面の不安定さが大幅に解消される点は見逃せません。
税務面では、仮想通貨を総合課税から切り離すことで、計算そのものが簡素化されます。所得区分の判断が減少し、累進税率を前提とした細かな計算も不要になるため、申告に要する時間や負担が軽くなるだけでなく、税務上の誤りやトラブルも減少すると考えられます。
申告分離課税が導入されるとなれば、あわせて注目されるのが「特定口座」が導入される可能性です。株式やFXでは一般的となった仕組みですが、仮想通貨でもこれが採用されれば、投資家の申告負担は大幅に軽減されます。
制度としても、透明性や正確性の向上につながるため、金融インフラとしての成熟が一段進むことになります。
株式やFXで導入されている特定口座は、取引所側が年間の損益計算を代行し、投資家に代わって税金の計算の一部を担う仕組みです。年間取引報告書が自動的に作成されるほか、源泉徴収ありの選択肢では、取引所が税額を計算し、税の納付までを一括で行うことができます。投資家は確定申告の手間がほとんどなくなるため、取引の敷居が下がるというメリットがあります。
仮想通貨取引は、損益計算が極めて複雑になりがちで、独自トークンの移動やチェーン間のブリッジなど、株式やFXには存在しない要素が多くあります。このような領域であっても、特定口座が導入されれば、取引所側が計算の大部分をサポートすることで、投資家が直面する計算負担は大幅に解消されることになります。
国内の仮想通貨取引所は、すでにKYCや AML(マネーロンダリング対策)などの法的要件に対応し、取引履歴を一元管理する仕組みが整いつつあります。この点は株式・FXのネット証券と共通しており、日本国内の仮想通貨取引所には特定口座制度が導入される可能性はあると考えられます。
また、金融庁が監督する暗号資産交換業者には、厳格なデータ記録や取引管理が求められているため、年間取引報告書の作成に必要な情報を取得しやすい環境があります。こうした背景を踏まえると、国内取引所における特定口座の導入は、制度面・技術面ともに現実的な選択肢となりつつあります。
一方で、海外取引所については特定口座の仕組みが適用される可能性は低いとみられます。株式やFXと同様、海外業者は日本の税務制度に基づいた損益計算や源泉徴収を行う義務がないため、特定口座制度に組み込むことは現実的ではありません。
そのため、仮想通貨に申告分離課税が導入された場合でも、海外取引所で行った取引は、従来の総合課税または別枠での申告が必要になる可能性があります。この点は制度設計の大きな論点であり、投資家にとっても情報管理や計算の煩雑さが残る部分となるでしょう。
さらに、海外取引所との間では、情報交換制度や税務調査上の課題も依然として残っています。脱税防止や透明性確保の観点からも、海外取引については国内の制度設計とは異なる扱いが続く可能性が高いと言えます。
仮想通貨の申告分離課税が導入された場合でも、NFTやDeFi、GameFiなど新しい分野の取引については、課税対象や扱い方に依然として多くの課題が残ります。
従来の株式やFXのように明確な売買利益だけで完結する取引と異なり、暗号資産の発展形は複雑な所得構造を伴うことが少なくありません。そのため、分離課税制度の適用範囲やルール設計は慎重に検討する必要があります。
NFT取引は「デジタル資産を売買して利益を得る」という点では仮想通貨と似ていますが、現状ではどの所得区分に置くかが明確ではありません。
例えば、クリエイターが自ら発行したNFTを販売して得た利益は、場合によって事業所得や雑所得として扱われることがあります。また、購入者が転売して利益を得た場合は、その取引の頻度や規模、営利目的の有無といった実態に応じて、一般的に雑所得または譲渡所得として扱われます。
このため、NFTが広く分離課税の対象として扱われるには、まず課税対象の明確化が必要です。
さらに、NFTの価値評価も課題の一つです。マーケットプライスが流動的であること、また希少性や二次創作などの要素が価値に影響するため、売買益を正確に算定することが難しい場合があります。
NFT売買にはまだ課題があると考えられるため、取引履歴の管理や価格評価のルール整備は不可欠でしょう。
特にDeFiを利用している際に見られるチェーンをまたぐ資産移動やブリッジ取引は、現行制度でも課税のタイミングが曖昧な部分です。特に分離課税が導入された場合、国内取引所での取引と海外チェーンでの取引をどう整理するか、課税対象の明確化が求められます。
複雑な取引であるため、NFT売買と同様にルールの整備が必要な部分であると思われますが、未整理の状態だと投資家の申告作業の負担や税務に関するリスクは残ってしまう場合があります。
NFTやDeFiの課税整理は、税理士や投資家の双方にとって実務上の負担が大きい領域です。取引履歴の正確な取得や、価格評価の根拠、報酬の所得分類など、多岐にわたる判断が必要です。分離課税の導入によって総合課税特有の煩雑さは軽減されるものの、NFTやDeFiの特殊な取引については、別途ガイドラインや制度上の整理が待たれる状態です。
NFT売買やDeFiを介する取引は暗号資産市場の発展に欠かせない存在である一方、課税制度上は未整備な部分が多く残されています。申告分離課税が導入されるにしても、これらの取引をどのように組み込むかが、今後の制度設計における重要な検討課題となります。
仮想通貨に申告分離課税が導入された場合、税率の一定化というメリットが得られる一方で、投資家自身が注意すべきポイントも存在します。個人投資家や副業として仮想通貨に取り組む方々にとって、税制の変化が日々の行動にどのように影響するのかを整理します。
分離課税の導入により、まず税率が一定になることで年間の利益額が予測しやすくなります。従来の総合課税では、給与所得や副業所得と合算されることで高い税率が課される年がありましたが、分離課税ではそのリスクが軽減されます。
その結果、利益確定や損失計上のタイミングを税金面で過度に意識する必要がなくなり、投資戦略の自由度が増します。
さらに、損益通算や繰越控除が制度化されれば、年間の損失を翌年以降に活用できるようになります。これにより、短期的な価格変動に左右されずに計画的な取引が可能となり、副業として仮想通貨を運用するサラリーマンにとっても、給与所得とのバランスを見ながら戦略的に利益を確定できる環境が整います。
加えて、特定口座のような仕組みが導入されれば、国内取引所での損益計算や税額計算を取引所が代行することが可能です。年間取引報告書を確認するだけで申告を完結できるケースも想定され、申告作業の負担は大幅に軽減されるでしょう。
申告分離課税が導入されると、税率が一定になるため総合課税で見られた急激な税負担の上昇は避けられます。しかし、制度設計の議論から分かる通り、利益をいつ確定するかによって課税額は変動する可能性があります。
たとえば、年間を通して複数回に分けて売買を行った場合、損益通算の対象となる期間や、損失の繰越が認められる年数に制限があると、計画的に利益確定しないと予想外に課税額が膨らむリスクが残ります。副業として給与所得を得ている場合、給与と仮想通貨利益は分離課税の対象ですが、生活費や資金繰りを考えずに利益を確定すると、現金化のタイミングで手元資金が不足する可能性もあります。
さらに、金融庁の制度検証でも指摘されているように、分離課税導入後は国内取引所における年間取引報告書の提出や、場合によっては海外取引・NFT・DeFi取引の自己申告が必要になる可能性があります。これに対応するには、取引履歴の正確な整理と、税額計算ルールの理解が不可欠です。
制度の詳細が確定する前には取引履歴を整理し、計算方法の変更に備えることは、計算ミスや申告漏れを防ぐ上で重要な準備となります。
申告分離課税制度がいつ実施されても問題がないよう、取引記録は日々整理しておくことを心掛けておきましょう。申告分離課税が導入されても、すべての税務や管理が自動で完結するわけではなく、特に海外取引やNFT・DeFiなどの特殊な取引は、引き続き自己管理が必要になると思われます。
国内取引所の特定口座を利用する場合でも、ウォレット間の送金やスワップ、海外取引の履歴は自分で正確に記録しておくことをおすすめします。きちんと記録しておくことで、後で税額を計算するときに正確に整理されたデータを活用できます。
また、年間取引報告書や自身でまとめた取引履歴を確認し、計算や記録に漏れや誤りがないかチェックしておきましょう。制度が簡略化されたとしても、税務署からの問い合わせや税理士による申告サポートを円滑に進めるためには、取引履歴の正確な管理と証拠資料の保管は欠かせず、制度導入後も注意が必要です。
制度導入により税務負担は軽減され、取引戦略の自由度は高まりますが、記録整理や申告準備など日常的な管理は依然として残ってきます。正確な取引記録を維持し、計画的に利益確定や損失計上を行うことが、安心して制度を活用しながら取引を続けるための基本となるでしょう。

